歌の手引き

世の中にたえて桜のなかりせば
春の心はのどけからまし 在原業平 古今和歌集

三十一音は、世界でいちばん小さな器。きょう見たもの、こぼれた気持ちを、そこへそっと入れてみましょう。短歌のきまりから句のみがき方、自由詩の書きだしまで、手を動かしながら学べます。

三十一音のうつわ

短歌は「五・七・五・七・七」の三十一音でできた歌です。むずかしい約束ごとはほとんどありません。まずは音の数え方と、五つの部屋の役割をつかみましょう。

かたち五つの部屋

はじめから順に 初句・二句・三句・四句・結句。前半の五七五を「上の句」、後半の七七を「下の句」と呼びます。ざっくり言えば、上の句で場面を見せ、下の句で心が動く。この呼吸が短歌の基本形です。

木の椅子に朝日がのびて上の句=景(見えているもの)/下の句=そこで動いた心。まず景を置くと、気持ちが説明くさくなりません。

音数音の数え方

漢字ではなく「読んだときの音」で数えます。慣れるとすぐです。

  • 「ん」は一音 ── しんぶん=四音
  • 「っ」は一音 ── きっぷ=三音
  • のばす「ー」も一音 ── コーヒー=四音
  • 小さい「ゃゅょ」は前とセットで一音 ── きょう=二音

定型まずは五七五七七を守る

はじめのうちは、三十一音をきっちり守るのが上達の近道です。定型に収めようとして言葉を選び直す、その作業そのものが推敲であり、そこでリズム感と語彙が育ちます。

まずは何十首も、きっちり定型で。三十一音の器の大きさが体に入ってくると、言葉の切り上げどころが自然と分かるようになります。

応用字余り・字足らず

一音多いのが「字余り」、少ないのが「字足らず」。名歌にもたくさんあります。数合わせのために不自然な言葉を入れるくらいなら、一音はみ出したままのほうが良い歌になることも。とくに初句の字余りは読み手のリズムを揺らし、印象を強めます。

ただしこれは定型が身についてからの技。「わざと外した」と伝わらなければ、ただの数え間違いに見えてしまいます。

破調を試すなら俳句から。五七五を「五五七」にした形は破調のなかでも耳なじみがよく、句会でも受けが良い型です。下五が七音になるぶん、結びに重みが出ます。

一首ができるまで

白紙からいきなり五七五七七を埋めようとすると、たいてい手が止まります。順番を分けると、ぐっと楽になります。

種をひろう

きょう心が〇・五ミリ動いた瞬間を、そのままメモします。「夕方の坂道、自転車のブレーキの音」「レジの人の爪がきれいだった」。意味のあることでなくていい。むしろ意味のないものほど歌になります。

中心の一句を決める

種のなかで、いちばん手ざわりのある部分を七音か五音で言い切ってみます。ここが歌の背骨。全部を作ろうとせず、まず一句だけ。

ブレーキの音が坂までついてくるこの一句が立てば、残りは前後に足していくだけになります。

前後をふくらませる

背骨の前に「いつ・どこ」、後ろに「それでどうなったか」を置く。逆でもかまいません。ここで初めて音を数えます。

説明を削る

いちばん効く推敲は引き算です。「悲しい」「うれしい」「〜のようだ」「とても」「思う」──この手の言葉を消すと、たいてい歌がよくなります。感情は名指しせず、ものに語らせる

△ さみしくて夜の窓辺に立っていた
○ 夜の窓わたしの息で白くなる「さみしい」と言わないほうが、さみしさは伝わります。

声に出す

最後は必ず音読を。舌がつまずくところ、息が続かないところが、直すべき場所です。一日おいて読み返すと、他人の目で見られます。

効かせるための道具箱

ぜんぶ覚える必要はありません。一首につきひとつ使えたら十分です。むしろ盛りすぎると歌が濁ります。

句切れ

歌の途中で意味がいったん切れる場所のこと。切れがあると、そこに余白と間が生まれます。二句切れ・三句切れがよく使われます。

灯を消した。ここから夜のはじまりで

体言止め

結句を名詞で終える技法。言い切らずに止めることで余韻が残ります。使いやすい反面、多用すると単調に。

改札を抜けてまだ濡れた傘

比喩

「〜のような」を使う直喩、使わない隠喩。短歌では隠喩のほうが強いことが多いです。誰も言ったことのない組み合わせを探しましょう。

冷蔵庫の音は真夜中のなぎさ

擬人法

ものに人の動きをさせる。景色に体温が通います。

エスカレーターがゆっくり息を吐いている

倒置

言葉の順を入れ替え、いちばん見せたいものを前や後ろに置く。強調とリズムの調整に効きます。

枕詞・序詞

古典和歌の装飾。特定の語を導く決まり文句が枕詞、もっと自由な前置きが序詞です。現代短歌では必須ではありませんが、知っていると古典が一気に読めます

ひさかたの → 光・天あしひきの → 山 たらちねの → 母ちはやぶる → 神

注意やりがちな三つの落とし穴

  • 説明しすぎ ── 三十一音は説明には短すぎます。一場面だけに絞る。
  • きれいな言葉に頼る ── 「儚い」「永遠」。借りものの言葉より、自分の目で見たものを。
  • オチをつける ── 歌は落語ではありません。言い切らずに終わってよい。

読むことが、いちばんの稽古

短冊をえらぶと、読みと鑑賞のポイントが出ます。上手な人がどこで切り、どこを言わずに済ませたかを見てください。(掲載はいずれも著作権保護期間の終了した古典・近代の歌です)

短冊をえらんでください

横にスクロールすると、まだ歌があります。

音数のない自由へ

自由詩には形がありません。だからこそ迷子になりやすい。短い手がかりを四つだけ置いておきます。

一行目は「途中」から始める

説明から入ると詩は死にます。すでに何かが起きている場所に、読者をいきなり放りこむ。

スプーンが落ちて、それきり誰も拾わなかった

改行はリズムであり、沈黙

どこで行を折るかで詩は別ものになります。行末は視線が一瞬止まる場所。いちばん残したい言葉を行末に置くと強くなります。長い行と短い行を混ぜると、呼吸が生まれます。

ひとつのイメージを最後まで連れていく

たとえば「水」で始めたら、途中で氷や湯気になって、最後にまた別の姿で戻ってくる。この一本の糸があると、短くても詩がまとまります。

終わりは着地させない

まとめの一行、教訓の一行は、たいてい削ったほうがよくなります。最後の一行を消してみて、それでも立っているなら消したままに。

散文になっていないか疑う

自由詩でいちばん多いつまずきが、行を分けただけの散文になること。書いているうちに説明したくなり、文がつながり、気づけばただの文章を折り返しただけ、という状態にすべりこみます。

見分け方は簡単です。改行をぜんぶ取って、一続きにして読んでみる。それでふつうの文章としてすらすら読めてしまうなら、まだ詩になっていません。

  • 接続詞(そして・だから・しかし)をまず全部消す
  • 「〜という」「〜のこと」「〜している」を削る
  • 主語と述語がそろった文が三つ続いたら赤信号
  • 語順を入れ替える、行を名詞で止めると、散文の顔がほどけます

稽古詩の練習メニュー

  • 十行しばり ── ちょうど十行で書き切る。行で管理する感覚を掴む。
  • 名詞だけの詩 ── 動詞・形容詞を禁止して、ものの名前だけを並べる。
  • 写生 ── 目の前のものを、比喩を使わずに十五分書き続ける。
  • 模写 ── 好きな詩の構造だけ借りて、中身を全部自分のものに入れ替える(発表はせず、あくまで稽古として)。

音を数えながら作る

入力すると音数をその場で数えます。ひらがな・カタカナで書くと正確に数えられます(漢字は読みが分からないので数えられません)。

お題をひく
ボタンを押すと、きょうのお題が出ます

詠んだものは、消えないうちに

保存した歌はこの端末の中だけに残ります。数がたまってきたら、並べて読み返してみてください。自分の癖が見えてきます。